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"謝る"ということ

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「ごめんなさい。」

この言葉にはいろんな定義がある...

反省の意、自分の過ちを認めること、もう二度としないという心の現れ。
小さなことでも大きなことでも過ちを犯した人は許されるために言う言葉。

僕は謝ることが苦手で、いつも言われないと謝らなかった。

プライドが強いのか、自分の失敗を認めたくないのか、
あるいはただめんどくさいだけだったのかは自分でもわからない。

あやまりたいけど謝れなかった時もあった。

でも最近母が来て、「昨日はごめんね。あまり理解してあげてなかったみたい。」
って言ってくれた。けどそれを見て僕は、母がただ謝っただけではなく、
その姿を模範として示してくれてると思った。

争いで解決する問題は何もない。
戦争だって誰かが傷ついて、
必ずそこには妥協があるわけだから
実際に解決しているわけではない。

けど自分の失敗を認めることは
間接的に解決に結びつくことができる

それが母から学んだこと。

僕は今までたくさん失敗してきた。
これからもたくさんすると思う。

だから謝るということは
自分にとって必要不可欠なことだ

でも逆に誰かが間違ったことを僕に言う場合はどうだろうか?
それが家族であってもその他の人であっても、僕がこれから
生きていく中で、自分に間違ったことを言う人がいたら、

その人が後で自分に謝って来ることを
想定して接していきたいと思う。


サタンが僕らにすることはたった一つ。

それは騙すこと。

騙すことによって、愛し合うべき存在である
夫婦関係、親子関係、その他の人間関係において、
互いを敵にし、崩壊させようとする。

でも自分の過ちを認め、謝る瞬間、サタンは滅びる。

「ごめんなさい。」この一言にどれほどの力があるだろうか?

僕は将来家庭を持った時は、素直にお嫁さんや子供に謝れる人になりたい。
模範を見せることができる、良き夫、良い父さんになりたい。

そのためには必ずいつか負ける必要があると思う。
プライドは完全に砕かれなくちゃいけない。
陶器師が煉る土のように・・・。

負けるが勝ち。

それが"謝る"ということだと思う。


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多様性ー神様がくれたものー

くつ


僕は、うちの英会話に来る生徒たちを3種類に分類している。

それは英語ができる人、できない人、まぁまぁできる人の3種類ではない。

学年の違い、身長の違いでもないし、当然ながら
男、女、ニューハーフの3種類でもない

3種類―それは家の入り方だ。

・何もせずにそのまま入ってくる人
・インターフォンを押してから入ってくる人
・インターフォンを押しても、返答があるまで入ってこない人

みんな同じアムス英会話の生徒なのに、なぜ教室の入り方が3パターンもできてしまうのだろう?

僕は、ひとりひとりの立場になって考えてみた。

まず、何もせずに入ってくる人は、こう考えているのではないか?
「ここは塾だ。家であっても関係ない。よってインターフォンを押す必要はない。」

また、もしかすると
「一人の生徒が全員インターフォンを押していたら出てくれる人が大変だ。」
と思っているかもしれない・・・。

ではインターフォンを押してから入ってくる人はどうだろう?
「ここは塾であるが、家でもある。一応入ることを伝えよう。」
そう思っているのではないか?

最後に、インターフォンを押しても返答があるまで入ってこない人の大半は、
この塾を、完全に家として見ているに違いない。

でも本当に考え方だけでここまで違いがでるのか?
その人の性格ということも関係あるのではないか?
控えめな人、大胆な人、臆病な人、穏やかな人、
みんなそれぞれ違うのだから、家の入り方のバラつきなんて当然だ。

サムぴょん、考えすぎだよ・・・。

そうだね。確かに僕は考え過ぎかもしれない。
でも、深く考えることによって、見えてくるものってあると思うんだ。

結局何が言いたいの?

結局僕が言いたいことは、「人の多様性は尊重されるべきだ。」ってこと。
だからって空気を読まずに行動することを推奨してるわけじゃないよ

人の個性が一人一人違うのには理由があると思うんだ。

それなのに、今の世の中、「今年のファッションは〜」「今流行の〜」とか、
みんな同じにならなきゃいけないようなニュアンスを含むキャッチフレーズで
みんなを洗脳しようとしている。

この前、韓国語講座に来てる人がお土産に、僕に韓流アイドルのノートをくれた。
もらった時、ってなった。w苦笑いの領域超えてたかも?(瀑

正直に”アイドルとか興味ありません。”
って言うのもなんか申し訳なかったから
受け取ったけど・・・。(今は机の中でほぼ永眠。)

”少女時代”っていうグループの人たちの顔を見てみると、みんな不自然。

目の下のボコがありすぎたり・・・。
みんな同じ顔じゃんwみたいな?

韓国は整形外科の数が半端じゃなくて、
一つの建物に5つも整形するところがあったり。
「整形通り」って呼ばれる場所もあるらしい・・・。
実際に、親が子供へのプレゼントとして整形するってこともあるらしいし。

そーゆーのはあってはならないことだと思う。

個性がなくなると、人が人でいられなくなるよ。

僕は、人はGeneralistではなく、Specialistであるべきだと思っている

特に日本のように、出る釘は打たれるという社会の中で育ってきた人は
無意識のうちに”平均になろう。みんなと同じになろう。”という考えを持って、
大胆な考え方ができなくなるんじゃないかな?

聖書の中を見てみると、ジェネラリストはほとんど存在しない。

ノア、モーセから始まり、イスラエルの王たち、予言者たち、数々の使徒たち、
そしてイエス様までもがスペシャリストだった。それも度を超えたね。

「たいせつなきみ」の著者マックス・ルケードの本には、
”神様は、僕たちが新しいことをすることをとても喜んでおられる。”
と書いてあった。

これは、神様が僕たちに望まれていることかもしれない。

話したことのない近所の人に話しかけてみるとか、
悩みがある人の話を聞いてあげるとか

そんなちっちゃなことでも、神様は喜んでくれるんじゃないかな?

神様がくれた自分の個性、人格を大切にしよう。
そして、神様のために、スペシャリストになろう。

多様性は神様がくれたものだから。

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野の花を見なさい...

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家族で紫竹ガーデンに行ったときに撮ったマーガレット♫
写真を撮る時に、様々なアングルから撮るように、学ぶ時も、
いろいろ視点を変えてみることも必要だねっ


イエス様はガリラヤで、「野の花を見なさい。」
と言われた時、何の花を見ていたのだろう?

マタイの福音書(新改訳のみ)には”ゆり”と書かれているけど、一般的にゆりは、石灰質でない弱酸性の土壌に生息してるらしいから、ゆりがガリラヤ中に群生していたとは思えない。なぜなら、ガリラヤ湖周辺は長い間、地震や火山活動によって、石灰質な土が多いからだ。

調べてみると、やはり現在のイスラエルには、マドンナ・リリー Lilium candidum というゆりががわずかに自生しているだけだった。

マタイはアラム語で福音書を書き、それがギリシャ語に訳され、そこから世界の言語に訳されたらしいけど、「野のゆりを見なさい。」の”ゆり”はギリシャ語では、"kpivov"と書かれている。

この"kpivov"は、ゆりのことではなく、アネモネ・コロナリアという、イスラエルの春一番に咲く花らしい。。。

でも、wikipediaで”ゆり”を調べてみると、
「聖書の時代、イスラエルではユリは一般的な花ではなく、このユリはチューリップの事だと考えられている」とも書かれていて、(汗)

その”ゆり”は、アネモネ?チューリップ?
それとも系統の遠いゆりの一種なのかな?ってw

結局、調べれば調べるほどイエス様が言われた
”野の花”が何なのかわからなくなってくる。。。

しかしその花が何であれ、イエス様はその花を見て、
「ソロモンの栄華も花には如かない。」と言われ、
繁栄の象徴として用いられたことは確かだ。

ここから何を学ぶことができるのか?

それは、自然に対するイエス様のまなざしだ。

イエス様は、「あなたはこれをしてはならない。罪を悔い改めなさい。神に従いなさい。」と長々と説教することもできたはず。しかし彼は、野に咲く小さな花に視点を置かれた。。。

想像してみると、すごくロマンのあるワンシーンだ。

心地よい風を受けながら、鳥のさえずりを聞き、草の上をゆっくりと歩き・・・。
木陰と木漏れ日の中、やさしい声で「野の花を見なさい.....」と。

キャー!!イエス様~!!素敵すぎる!!
※勝手に想像して一人で騒いでるやつwww

地上で一番知恵のある人、富のある人でも、
この小さな花を創造し、生かすことができるのだろうか?

イエス様の一言から、こんなにも学べることがあるなんて。

やっぱり神様のことばは生きてるね~^^

僕は、活き活きしてる花を見ると、みんな、神様を賛美してるように見える(笑)

一度、ガリラヤの花を見てみたい・・・。

聖書に登場する花については、まだ謎がいっぱいだけど、
花は神様が創造された傑作だと思うし、僕もそれを楽しんでいる♫

形、色、香り、成長の過程、全てが美しい。

個性豊かな花たちを、これからも楽しんでいきたいと思った☆


「それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。」

(Ⅰコリント3:7)

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雨の日のルピナス

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僕はルピナスが好き。花も好きだし葉っぱも好き。
特に雨の日に活き活きしてるルピナスが好き。

これは、「勉強してる時のお兄ちゃんが好き」とか、
「お料理してる時のお母さんが好き」みたいな感じかな?(笑)

自分の家族や友達も、特別輝いてる、魅力を感じる時がある。。。
それは人それぞれに与えられた賜物だと思う。

背が低くても、イケメンじゃなくても、特に才能がなくても、
しゃべるのが下手でも、体が弱くても、

賜物っていうものは絶対、誰もが持っているものだと思う。

僕がここで言う、”賜物”っていうのは才能のことじゃなくて、
神様が目的を持って、人それぞれに与えた”個性”と言ってもいいかな?

他の人を真似して、自分を無にするんじゃなくて、
ありのままの自分を表現するっていうこと。

きっと、それだけで神様は喜んでおられるよ。
雨の日のルピナスを見てそう思った。

PS:ルピナスが好きな理由

上の画像にもあるけど、他の葉と違って、ルピナスの葉っぱには
特殊な細かい毛みたいのがあって、水滴が落ちると、
その水滴がまん丸になって乗っかってるからwww(笑)
↑うまく説明できてないね(´▽`)
でもそれを見るとかわいくてツンツンしたくなる♫
ちなみに花はこんな感じ↓

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あの頃のように・・。

”子供ってなんて美しいんだろう・・・。”
最近17になった僕はそう思った。

僕の簡単なイカサママジックを見て
「え~何で何で!?すごーーーい!」とか言って驚く姿・・・
自分にとっては何でもないところを尊敬してくる小さな子供達・・・
それを見て僕は昔の自分の姿を思い出した。
毎日神様のことだけを想い過ごしていたあの
無邪気な幼稚時代が、ひどく懐かしく感じる。

あの頃の純粋で素直だった自分はどこにいったのだろう・・・
自分はなんでこんなにも醜くて心が狭くて不信なんだろう・・・

日々そんなこと思って過ごしてたけどこうやって
子供の顔を見るとそんなことも忘れて心が癒される気がする。

聖書の中で、弟子たちが、子供をつれて来た人を叱って帰らせようとした時、
イエス様は、「子供たちを許してやりなさい。邪魔をしないでわたしのところに来させなさい。天の御国はこのような者たちの国なのです。」と言われた。

本当に神様に愛され、天の御国で祝福を与る人は、
子供のように潔白な心を持つ人だ。

僕も純粋で素直な心を再び取り戻したい。
ありのままで神様と会話したい。

あの頃のように・・・

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イライラ・・・

今日は寝不足と勉強し過ぎで疲れてて、夕方はずっとイライラしてた。。。
母は僕に勉強の事とか健康の事とかいろいろ聞いてきたけど、
僕はあんまり返事しなかった。

いつもは笑わせるようなことばっかりやってる自分だけど
イライラしたり怒ったりすると黙り込んじゃう性格だから
母がそれに気づき、夜になって勉強も終って大分落ち着いた頃に来て、
「勉強お疲れ様。よく頑張ったね。サムエルがよく頑張っているのわかるよ!
でも今日は何でイライラしてたの?」
って聞いてきた。

僕はぶっきらぼうに答えた。「疲れてたからだよっ」

「そしたら将来家庭をもった時に、サムエルは
仕事で疲れたら奥さんにもイライラした態度とるの?」

「・・・。」

僕は「お母さんと奥さんは違う人なんだから将来家庭もったときは別。」
って思ってた。でも結局のところ同じだ。

自分の勉強が原因でイライラするのも
自分の仕事が原因でイライラするのも

自己中心で他人を愛せていない証拠だ。

~自分の母を愛せない人は自分の将来の奥さんをも愛することはできない~

これが母がいつも教えてくれること。

母はいつもこのように、将来家庭を持ったときのことを前提として
いつも物事を教えてくれる。

今までは「うるさいなぁー」って思ったけど最近になって
ようやくありがたく感じるようになってきた。

だって実際母親やってきた人に教わるんだもんね笑

父親になってみたこともない自分が客観的に見て言う事もできないが、
僕もお父さんが仕事に疲れて家族に対してあまり優しくない時は、
ちょっと不愉快になる時がある。その時は、
「家族なんだからもっとやさしく接してほしい。」って思う。
けど自分が大人になって仕事で疲れてあまり良く妻や子供に接する
ことができなければ、結局のところ自分の子供にも同じ思いを
させてしまうことになる。

そうしないために自分はどうすればいいのか?

それは、自分が親になった時に子供にしてもらいたいことを今の親にすることだ。

僕が親の立場になったら子供に、頼んだ仕事をイヤイヤながらされたくないし、
言われた事にきちんと返事をしてほしいし、友達よりも親を尊敬してほしいし、
何よりも神様を心から愛し、神様の御心にかなう生き方をする人になってほしい。

それをまず自分が実践すべきだ!って思った。



☆今日のみことば☆

「妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。
夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。
子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。
それは主に喜ばれることだからです。父たちよ。子どもを
おこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。 」


―コロサイ3:18~21―

開拓伝道の難しさ

最近ジェランさんのドキュメンタリーを見た。
ホントに感動するね☆日本のために身を捧げ、
熱心に宣教するジェランさんの姿をみるととても励まされるよ~☆

僕たちのインタビューはカットされていたけど、
かえってそれが良かったかも!!

あのときかなりコンディション最悪だったからなぁ~w

それを見た後、母との聖書の時間に話を聞いた。

その時、僕たち家族の北海道での開拓伝道は容易なもの
ではなかったということを、初めて教えてももらった。

弟子訓練の講師としてある教会で奉仕する事になったが
たくさんの人が救われたことについて他の教会員から嫉妬され、攻撃を受けることもあった。
それよりもっと辛かったのは今までとても仲の良かった人から攻撃を受けることだった。
でもそのほとんどが誤解であったにもかかわらず、父はその誤解に弁解することもなく、
それをそのまま受けとめたらしい。

何故ならイエス様がそうであったからだ。
「あいつを十字架につけろ!!!」と何も理解していない、洗脳された群集が叫ぶ中、
イエス様は「それは誤解だ!自分は何も悪い事をしていない!」と自分を弁護することもなく、
ただ黙っていた。父はそのようなところまでイエス様の似姿だ

人間技じゃない。。。笑

なるほどー。だから白髪になったんだな=笑
でも後から聞いてみたらホントにそうらしい・・・。
一日でものすごく増えたって言ってたし・・・。
たくさん苦労したんだな。。。

また、僕の両親は徹底的に有名になることを拒む。
僕はちょっとぐらいクリスチャンの雑誌や、
チア・マガジンに載って有名になって欲しいし
そのついでに自分も有名になってみたい!笑

でもイエス様は自分を有名にしようとはしなかったし、
かえって群集から身を避けることもあった。

まぁ有名になること自体が悪いことではないし、
有名になることで、神様の働きが広がることもあるけど、
僕の親は、人目につかない、だれからも賞賛されない
働きをすることを僕に模範として教えてくれている。


親から学べること・・・
それは100パーセント人ではなく神様を見上げていることだ。


僕はどうしても神様よりも他の人を見てしまう傾向にある。
まぁ一言で言うと・・・。自意識過剰ってやつです。笑

でも今日、母は、
「どんなに人から嫌われてもどんなに貧しくても
神様から目をはなさずに生きてね。」って僕に言ってくれた。

また、こんなことも。

「お母さんはサムエルのこと本当に大好きで、愛してるから
何でもしてほしい事はやってあげたいし、必要なものは何でも最高のを買ってあげたい。
でもそれよりもっと残してあげたいものは、生きていく中での『這い上がる力』だよ。
例えばサムエルが横幅3メートルの車に乗ってるとるする。そして道路は幅5メートル。
左右は崖でそれぞれ1メートル以上脇にそれると崖から落っこちる。
もし落ちてしまったときに必要なのは這い上がる力。それが私の上げたいもの。
どんなことがあっても神様だけ見上げていれば、絶対に這い上がることができるよ。」

ス、スゲェー。

僕も親のようになりたいなぁー

今は有名にもお金持ちにも魅力的な人にもなりたいっていうのが本音だけど。。。(爆

段々変えられてキリストに似る者になりたい。

たいせつなぼく

母がいつも僕に言う言葉がある

”You are very special and important.”

直訳すると「あなたはとても特別で大切な人」という意味。
でも僕は何度もその言葉を聞いてこの言葉の意味はそれだけではないと思った。

あなたは大切だから、大切な人らしく自分のアイデンティティーを持ち、
神様が願われているように生きなさい。

あなたは大切だから、この世の人と調子を合わせずに、行動をわきまえなさい。

神様があなたを大切にしているように、他の人も大切にしなさい。


考えてみれば、こんな簡単な言葉にも色んな意味が含まれていて、
常に僕を支えてくれていた。

マックス・ルケード牧師が書いた本で「たいせつなきみ」という本がある。
人形職人のエリと人形の話だ。

人形たちの世界では剥がすことのできないダメ印シールと星印シールを貼り合って
互いを評価し、賞賛したり貶したりしていた。。。

そこにダメ印シールばかりのパンチネロという人形がいた。
彼は何をやってもダメで、自己卑下していたが、
エリの家に行った時、そんな彼でも愛されている事を知る。

そして家を出るときにそのシールが一つはがれていった・・・

というストーリーだが、この本の内容を思い出して、
僕はこのパンチネロと同じようにダメ印ばっかりだと思った。
他の人をものすごく羨み、自分が持っていない何かをしようとして失敗したり。。。
それよりも、自意識過剰のゆえに、良いことや褒められることをして
人に認められたいって思うことがたくさんあった。

でも他の人が自分を見てどう思うか?とか以前に、
神様は僕のことをどう思っているのだろう?

そのことを考えているとき、神様が僕のことを目的をもって創造し、
特別に愛してくださっていることに気づいた。

別なトピックかも知れないが、大抵の人は何らかのコンプレックスを持つことが多い。

「もっとかっこよくなりたい」「もっと身長が高ければよかった」
「あの人は~ができるけど僕はできない」「別な家庭で生まれたかった」
と、人の環境によってみんな様々な悩みを抱き、自己憐憫に陥ることがある。
僕自身、父の脚が不自由なことに理解できず、神様に問う事もあった。
でもコンプレックスを持つことは、自分に置かれた環境に満足せずに
他のものをどうしても求めてしまう罪深い人間の本質の表れなんじゃないか?と僕は思う。

想像してほしい。例えば自分をこの上なく愛してくれている人がいて、
その人が時間をかけて考えて一番良いと思ったプレゼントをくれた。
でも自分はそのプレゼントに感謝もせずに他の人のほうが良いものを持っているとか、
あるいはもっとかわいい、もっとかっこいいプレゼントのほうが良かったと文句をつけたとする。。。

そんなことをしたら人格を持っておられる神様は絶対に悲しむはずだ。
神様から与えられた最高の贈り物を感謝せずに、嫌うことは、悪く言えば罪だと思う。
なぜなら他の人の才能や環境を羨ましがる事は神様から自分に与えられた
「プレゼント」に文句をつけることと同じだからだ。

だから僕は他の人と比べ、自分を卑下したり相手を軽蔑するのではなく、
まず自分を最高に創造してくださった神様に感謝したい。
自分に与えられたもので神様の愛に応えたい。

僕は特別で大切な人だから。

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父の足と僕の記憶

mixiの記事をコッピペー♪笑↓

「神様、なんで僕のお父さんは普通にあるくことができないんですか?
今日、学校の帰りにお父さんとサッカーしてる人がいてうらやましかったです。
今日、買い物にいったら変な子が変な目でじろじろみてました。
すっごくいやでした。なんでお父さんは普通にあるけないんですか?
一度でいいからお父さんと一緒におもいっきり走ってみたい!
一度でいいからお父さんとサッカーしたい!

どうして歩けないんですか?どうしたら歩けるようになるんですか?」

そんなこと思って過ごしてた少年時代。。。
でも今考えてみるとちょっと笑えちゃうなぁ~☆
小学生でそんなコンプレックスがあったなんてねー笑
ま、でも大体みんなそういう悩みはあるものだよね♫

でも僕は日本人と韓国人のハーフとしてのアイデンティティーで悩むことはなかった
父さんがアメリカ国籍だから・・・その面では今でもありがたく思う

僕の父さんは歩行器を使っているので
買い物後の荷物を運ぶ事ができない。
なのでどんな重いものも僕が運ぶ事になってる。。。

小学生のとき、両手に米やスイカやペットボトル飲料などを持っても
全然なんともない表情をつくってた・・・「父さんは何も持てないんだから、
僕がしっかりしなきゃ!」って考えがそうさせてたのかもしれない。。。

そのせいか、一時期右手首の軟骨が突起したこともあったくらい汗
重いのを我慢してよく頑張ってきたと思う。。。
どんな重いものも「大丈夫です!」って言って
持ったのが微かに記憶に残っている・・・

父さんはアメリカに移住して二十歳の時に胸から下が麻痺し、
それまでのようには動く事が出来なくなったらしい・・・

一週間ベットで寝たきりで足は骨と皮しか残らないほど筋肉がなくなり、
リハビリの日々・・・

そのおかげで大分回復してきたらしいけど、それでも車椅子生活・・・

入院中のある夜、父さんは、コンビニに出かけて・・・
その帰り、「上るステップは出来たんだから下るのもできるでしょう=」って思って
段差を降りようとしたら、仰向けに倒れてしまって、
しかも倒れた場所がちょうど車と車の間だったので、誰からも気づかれず・・・
そのままずーっと仰向けのまま、何ももできなかったらしい。。。
その時父さんは泣きながら「何故ですか?なぜこんな風に私が障害を持つ事を
許されたのですか?」と祈ったらしい。。。。夜空にはきれいな星が輝いてて、
その時見つけた星を、今でも父さんは「アッパの星」って呼んでる・・・☆

30分くらい後に、「Hey!! are you alright??」って駆けつけてくれた人がいて、
何とか助かったみたいだけど、その日初めてハンディキャップの
重さ、苦しさを身をもって感じたらしい・・・

その当時、父さんは神様に献身して、
「自分のからだがどうなってもいいから!どうか家族を救って下さい!」
って祈ったそうだ。。。

それで神様は父さんの足を取った替わりに父さんの家族を買い戻された・・・。
それを考えるだけでも感動する・・・

それを聞いてから全てが理解できた。。。
父さんが障害者なのも、家族が救われているのも。
僕がそういうコンプレックスを持つようになった理由も。
ぜーーーんぶ神様の計画のうちにあってるんだって知って、
すごく嬉しかったし、これからも全てを神様に委ねていきたいと思った。

お父さんが見る夢は、すべて走ってる夢だそうだ。。。
こっちの山から向こうの山までスーパージャンプしたり~
そんな夢ばかり見るらしい。。。

だから天国に入って一番最初にしたいことは、愛する家族と幸せに暮らす事よりも、
まず父さんとおもいっきり走ること。そして心から「お父さんありがとう」って
言って、神様に、今までの導きを感謝したい☆

めでたしめでたし~

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勉強の途中で・・・

うげぇ~~~(´Д`υ)勉強x999999!

めちゃめちゃ暑いし~勉強MAXだし~どうしよう==!

神様たすけてぇ~汗

アブラハムさんが僕らの疲れに気づいたのか、
僕と伊左久とをつれて、クーラーの効いたスーパーに連れて行ってくれてた。

その帰り、アブラハムさんは郵便局に寄ることにした。

駐車場で待ってるときに、会社の車から暗い顔をした人が出てきた。
んで、僕はその人の顔を「じーーっ」っと見てたわけだけど、

なんか見てるうちに悲しくなってきた。。。

「何で仕事やらなきゃいけないんだろう・・・」

「何でこんなに苦労しなきゃならないんだろう・・・」

「そもそも何で自分は生きているんだろう・・・」

そんなことを考えているようにみえた・・・※イメージ

仕事する意味も、生きる価値さえも見出せない・・・
そりゃーそんな顔になるのもわかるよ・・・

いったいこの日本でどれだけの人が好んで仕事をするだろうか?
家族を養うため、金のため、だけど仕事そのものは辛い・・・
こういう人々に神様のことを一刻も早く知ってほしいと思った。

神様、この日本には、仕事に束縛され、家族とも時間を持てず、
一人でその辛さを抱え込んでいる人がいっぱいいます。。。
どうか、このような人々も神様が愛しておられますから、
その御手を差し伸べ、この人たちを救ってください。


☆今日のみことば☆

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

―マタイ11:28―
プロフィール

サムぴょん☆

Author:サムぴょん☆
はじめまして!サムぴょん☆です♪いつでもどこでもジョイフルというかなりタフな人間ですwよろぴく~(o^ω^o)ノ☆゜

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